Photos & Text by colorsmagyoge.
Kin-san.
酔いも回り、賑やかなBBQ大会会場の片隅で、
八丈島の最年長サーファーであるキンさんは、
八丈島のサーフィンの歴史についてゆっくりと語り始めた。
キンさんによれば、キンさんが八丈島で初めて
「サーフィン=波乗り」を見たのは
1960年代のことだったという。
まだキンさんが10代の少年だったある日、
Tacos Cupが開催された汐間海岸で、
汐間の漁師たちが板子を使って波に乗っているところを
目撃してしまったらしいのだ。
波に乗る板子乗りたちの楽しそうな姿に衝撃を受けてから、
その後当時の友達と本土よりサーフボードを島に持ち込み、
初めて八丈島でサーフィンをするまでのあいだ、
キンさんは板子乗りで波乗りを楽しんでいたのだという。
Kin-san.
ということは、現在のような形のサーフィンではないが、
波乗りという意味でのサーフィンは、古くから八丈島に根付く
カルチャーのひとつだったと言って過言ではないだろう。
まさに次々と恐るべし深みを魅せてくれるサーフアイランド八丈島。
この島に、
自分のスタイルを持った良いサーファーが多いのは、
もしかしたらこういったルーツがそのバックグランドに
あるからなのかも知れないと思った。
Noboru Sakamoto.
しかも八丈島では、
サーフレジェンドの坂本昇氏にも遭遇。
坂本氏は初代プロサーファーであり、
1970から1985年にかけて
湘南のセントラルに位置する辻堂海岸に存在した
「PIPELINE SURFBOARDS」という
一世を風靡したプロショップのオーナーで
日本サーフィン史に現在もその名を残す
サーフレジェンドなのであります。
そんな坂本氏も現在ではこの八丈島を拠点に
そのサーフィンライフを送っているということを考えると、
ますますこの島が持つサーフィン的魅力は深まるばかりだ。
しかしながら、キンさんが言っていた「板子」。
ひとことで「板子」といわれても自分も含め、
上は四十代、いや五十代の方々までなのか、
ほとんどの世代がそれについての深い知識を
持ち合せていないのが現状。
それが一体どういったものだったのかは、
まさに想像の領域である。
ということで、さらに想像を膨らませてみようと、
板子乗りについてcolorsmagyogeなりに
少しだけ調べてみました。
板子=【いたご】と読むのであって
決して「いたこ」とは読まないことすら
調べてみるまでまったく知る由もなかった
私しcolorsmagyogeであります。
いた-ご【板子】①平角と厚板との中間の木材。普通、厚さ六~十二センチメートル、幅が厚さの四倍以上の製材品で、再び加工し、合板の表面に用いる場合が多い。②和船の床に敷いた揚げ板。ふたて。(広辞苑 第五版/新村出編・岩波書房)
いた ご【板子】①和船の底に敷く揚げ板。②江戸時代の材種の一。主にヒノキ、スギ、ケヤキなどの、厚く挽いた板。挽き割って天井板や建具材料とする。(大辞林第二版/松村明編・三省堂)
板子乗りといえば、
世界のサーフボード史最古といわれる木製サーフボードを
リメイク&アレンジして作り出されたアライアを
想像してしまうが、日本に伝わる板子乗りの板(ボード)は
厚さ6から12cmもある分厚いもので、
幅は厚さの4倍以上ということなので
仮に10cmの厚みのボードだったら
その4倍で40cm以上の幅のボードということになる。
ボードのアウトラインに関する詳しい記述がないので
ベニヤ板のような四角いアウトラインだと仮定してみると、
板子がアライアとはかけ離れたボードであることは容易に想像できる。
友達に
「波が良いからサーフィンして来なよ!」
といわれ、
厚さ10cm、幅40cmの
ロッカーもくそもない四角い板を手渡される。
良いアライアによく使われる桐材などではなく、
大辞林の記述によれば「ヒノキ・スギ・ケヤキ」
とあるので、長さにもよると思うが
きっと重たいだろう。
波に乗る以前に
ゲッティングアウトできるかどうかも
心配になるようなボードだが、
一度乗ってみたい気もする。
板子乗りはボディーボードのようなスタイルで
波に乗るものだったという話しを聞いたことがあるが、
乗るからには一度で良いから
テイクオフをメイクしてみたい。
とにかく板子とは波に乗るために作られた物ではなく
木材やその余りなどを用いた代用品的ボードだったことに
間違いはなさそうだ。
こうしてTacos CupのBBQ大会は
夕暮れ時を迎えた頃になると、
最後の出し物である八丈太鼓の準備をすべく、
会場のテントや椅子を
早々と片付けはじめる八丈島ロコたち。
その団結力の強さ、息の合った作業行程。
規律なのか、それとも風習なのか、
本土にある各地域のコミュニティーが忘れかけている
普段の触れ合いから自然と育まれる見えない結束ともいうべき
何かをこの島の人たちから感じた。
古き良き時代の香りがこの島には溢れていた。
海岸に設置されたキャンプファイヤーに灯が灯されると、
いよいよ八丈に古くから伝わる八丈太鼓が
ロコサーファーたちによって披露された。
その後この日はロコサーファーたちと一緒に
夜の八丈に繰り出し、酒宴を楽しませて頂きました。
みなさま楽しい時間をありがとうございました。
翌日は朝起きると雨が降っていた。
帰る日に雨なんてなんだか少し寂しい気持ちになった。
期待していた波もなく、
近くの温泉につかり、名物料理屋で美味しい餃子を召し上がり、
八丈富士、そのほかいくつかの名所を巡った。
今回お世話になったみなさま本当にありがとうございました。
思い出深い素晴らしい旅を経験することができました。
Big up TACOS ISLAND八丈島!!!
04996-2-1377(午前9:00から午後5:00)